NOVEL

荒野の話 02

連れてこられた場所はむやみやたらと明るいところで、ふわふわした煙が漂っていたので、彼女はそこに頭を突っ込んで目を慣らしました。
彼女を連れてきた彼は彼女が落ち着くまで黙って眺めていましたが、
暫く経つと彼女の髪や肌を調べたり、白い花で叩いてみたり、
妙な光をちかちかと当てたり、変な模様が書かれた紙を突きつけてきたりしました。

彼女は痛くも痒くもなかったので彼の挙動を眺めながらされるがままにしていましたが、
諦めたような素振りですこし離れたところに座った彼を見て、口を開きました。
「どうだったの?」
「喋れるのか」
彼はやっぱり瞬きをしませんでしたが、ちょっと目を丸くしたようでした。
それから視線を下の方へ巡らせ、じっと黙ります。表情は変わりませんが、とても困っているようでした。


それから彼は彼女のことを外へ出す訳にはいかないと言ったので、
彼女はその明るくてふわふわした空間で過ごすことになりました。
彼女としては特に反発はしませんでした。
そこで行われていることはそれなりに面白かったのです。

瞬きをしない彼は、彼女を構っていないときは不思議な作業をしていました。
彼はよく外へ出かけていって、白い花を数本と、お皿の上に赤いものや白いものを乗せてきます。
それらをまとめて火で焼いたり、水に溶かしたりします。
そうするとその火の中から、あるいは水の中から、何かうごめくものが出てくるのです。
それは蝶であったり子鼠であったり、毛虫であったり子犬であったりしました。

「あら不思議」
彼女がそう言うと、彼は彼女の方を振り向きました。
何を考えているのかはよく分かりませんが、話をする気があるようです。
「なにをしてるの?」
問われて彼は口を開きます。

「観測をしている」
「観測?手品のようだわ」
彼の説明を受けて、彼女は言いました。彼女が側へ寄っていくと、彼は説明を始めます。
あの赤いものや白いものは、もともとは命を持っていたものなのだと。
火や水を通して、彼が一時的に元の姿に戻してやるのだと。

「楽しいのね」
彼女が言うと、彼は首を振ります。
「これは私の使命だ。楽しいとかそういう話ではない」
「お仕事なの?」
「これらが無事もとの姿に戻らなかったら、それは世界の仕組みが崩れているということだ」
彼はそんな風に言います。どうやらその殆ど変わらない表情を見るに、冗談ではないようです。

「じゃあ、仕組みが壊れているか調べて、直すのがあなたの仕事なの?」
突拍子もない話でしたが、特に彼女も驚いたりはしません。
くるくると目を動かしながら尋ねると、問われた彼はまた首を振りました。
「私の仕事は観測だけだ。危機を観測し、分析してご報告する」
「誰に」
彼女が不思議そうに首を傾げると、彼は一瞬黙りました。
珍しく目を閉じて、ゆっくりゆっくり開きました。

「分からない」
「誰に報告するのか?」
「忘れてしまったんだ。あまり長いこと何も起こらなかったものだから。
誰に言えば良かったのか分からない。やっと綻びを見つけたのに」

彼は下を向いて、項垂れているような様子でした。
見つかったの?と彼女は言い、目をぱちくりさせました。
それから自分の方をまっすぐに指している彼の指に気付き、また目を零れんばかりに見開き、ぱちくりさせました。

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