NOVEL

荒野の話 01

彼女はもうずっと長い間歩き続けていました。
走ったりスキップをしてみたりもしました。
彼女が歩くのは山の上で、草木はあまり見当たらない、寂しいところでした。
ところどころに白い小さな花が咲いているようでしたが、どれも皆萎れかけ項垂れて、彼女の眼を引くようなものではありませんでしたので、彼女はただひたすら歩いていきました。
昼は太陽が地面を焦がし、夜は月が冷たく照らしました。

彼女は休みなく歩き回っていましたが、疲れた素振りはありません。
太陽の下でくるくると踊るように駆け回った後も、真っ白い肌は白いまま、真っ黒い髪は黒いまま。
一体いつからこうしているのか彼女にも分からないのですが、
とにかくふらふらしながらも、表情に辛そうな色は微塵もないのでした。

そんな日々は実にずっと繰り返されるように見えましたが、
驚いたことに―――誰も驚く人なんていなかったのですが―――突然に終わりがやってきたのでした。


「お前は何をしているんだ」
彼女がいつものように歩いていると、上のほうから声が降ってきました。
彼女は興味を惹かれなかったので、そのまま軽やかに歩を進めようとします。
しかし声はまた降ってきて、
「こんなところで何をしているんだ」
その一言で彼女の身体はぎしり、と動かなくなってしまったのです。

彼女は何も言わずに声が降ってきた方へ顔を向けました。
山のどこにでもあるような、白くて大きな岩がぽつぽつと並んでいる場所です。
下に広がる固い素っ気無い地面。そこに貼り付いてしまったように動かない自身の足を一度眺めると、
彼女は目をぱっちりと開いて声の主を眺めました。

「若い娘がこんなところで歩いているのはおかしなことだ」

声の主は男の人のようなものでした。
白い岩の上に腰掛けて、瞬きもせず彼女のことを眺めていました。
彼女は黙ったまま答えません。
というのも人に会うのが久しぶりで、何をどう喋ったら良いのか思い出すのに時間がかかっていた、というだけの話なのですが。
しかし男の人のようなものはそう思わなかったらしく、
彼女に何か喋りたくない事情があるのだと思いました。

彼は片手にその辺で摘み取ったらしい白い花を持っており、
その花をくるくると回しながら何事か考えていました。
目を細めて頭のてっぺんからつま先まで彼女を見分した後、ふわりと岩の上から跳んで、音もなく地面に降り立ちました。

「おいで」
彼は言いました。
「どうしてお前が外れてしまったのか、きちんと調べないといけないからね」
彼女は特に逆らう気もありませんでした。来いと言われれば行くまでです。
あまり深いことを考えるような回路はどこかに置き忘れてしまったようで、
大きな目をぱちぱちと瞬かせながら、彼の後についていくのでした。
彼と彼女を見送る白い花たちはやっぱり萎れて俯いていましたが、
彼の手の中にある花は艶やかに光っているのでした。

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