NOVEL

「祈る言葉なんて持ってないけど」

赤い部屋の中に男が二人座っている。
一人はまばらに切られた濃い茶髪、齢は20代後半位に見える。目が若干垂れ気味で、にやにやと笑いながら部屋を見回す。
もう一人はほとんど白銀に近いような淡い金色の髪に、彫りの深い顔立ちをしている。全体的に色素が薄く、表情は険しかった。青のような紫のような色の瞳を、伺うようにもう一人に向ける。

「お前、母親のことを考えたことがあるか?」
茶髪の方がさきいかの袋を開けながら尋ねる。
「誰のことだよ」
よくこんなところで食べれるな、という台詞を視線に込めて、白い方が訊き返す。
「血の繋がった母親の方」
「会ったこともない人間のことなんか考えないよ」
茶色い方は口をもぐもぐさせながら、ふうん、と言ったようだった。その後ももごもごと何か言いたげにしていたが、聞いている方は何を言ってるのかよく分からない。
「臭いのせいで血の味しかしねえ」
「食うなよ…」
「会ってみたいと思ったことは?」
「いきなり話を戻すなよ」
白い方が溜息を吐く。
午前中大仕事を済ませたところで、少々疲労が溜まり過ぎている。彼としてはあまり頭を働かせたくない状態だったのだが、とりあえず目の前の男を何とかしないといけない。少し困っていた。

「ほら、今日だって大変なことしでかしたろ?こういうことの前って故人に成功を祈ったりするじゃないか」
「しないよそんな事」
お前はするのか、と言ってやりたかったが、労力の無駄になりそうなので堪える白い男だった。
「そもそも、なんて祈れっていうんだよ」
「マンマ・ミーア!」
「…………」
白い方からの視線がまるでおぞましいものを見るかの様だったので、
茶色い方は少し落ち込んだようだった。
それを見て白い方は少し自分のペースを取り戻す。
「いや、祈りの言葉じゃなくて」
マンマ・ミーアが祈りの言葉だったかを頭の片隅で考えつつ、特に何の感情も篭もっていないような口ぶりで、言った。

「向こうは俺が自分の息子だってことすら知らないだろう」

茶色い方が少しだけ眉を顰めた。暫くして、そうだった、と呟く。
「でも俺が仲介できるかも」
「しつこい」
「怒るなよ」

かけられる言葉は他にもあった。多分彼の顔を見れば母親の方にも息子だって分かるんじゃないかな、とか、きっと父親の方が今頃説明してくれてるよ、とか。
でも少しいい加減な感じがしたし、
部屋の雰囲気はどうやら沈黙を求めている様子だった。
だから茶色い方は喋るのをやめた。自動的に辺りは静まりかえることになる。
祈りを捧げる場所にも似た沈黙。

祈るのに言葉は必要なのかな、と思ったが、それを口に出すのもやめた。

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