NOVEL

5.


屋上では小さな飛行船のようなものが待っていた。
内側からは外が見えるらしく、サエが手を振った所で入り口が開く。

「お迎えだね」
「はい」
彼女は嬉しそうに笑った。2015を船に向かって軽く掲げてみせる。

「こちらには後々それ相応のお詫びをしたいと思いますが、少々時間が掛かりますね…」
「お詫び?」
「建物の被害などはこちらが意図したものではありませんからね、主は、悪は故意になしてこそ!と言っておられました」
「…そう」
「いまのところ、奇跡的に死者は出ていないようです」
「本当に?」

いつ調べたのかは分からないが、そういうのならそうなのだろう。あの状況でよく助かったものだ。ハインにとって好ましくない人々もまた、生き残ったということだが、余り気にはならなかった。
多分これからはもう関係の無い人間になる。
あるいは、関係の無い人間にして、進んでいける。
そう思ったのだ。



「もう行くかい?」

「そうですね…そろそろ」
サエが四方をくるりと見回す。
「警察の方なんかも来るみたいですし」
「そうか」
ハインはとりあえず笑顔を浮かべる。
「たまごの話ももっと聞きたかった」
たまごだけではなくて、訊きたいことももっとあった。かといって、何を、というのは具体的に思い浮かばないのだが。もう少し時間があれば良かったのに。

「またいつか、何処かで会ったら―――」
「Herr.ハインリヒ・ウェーバー」

サエが顔を上げた。紫色の瞳が視界に飛び込んでくる。


「私と一緒に来ませんか」


「今回の目的は、2015だけではありません…私はあなたをスカウトしに来ました」

彼女は今回のことについて話し始めた。
犬の眼に仕込んであった探知機(子どもが作ったものなので、まさか未だに機能しているとは思わなかったそうだが)を使って彼の居場所を確かめたこと。
彼が優秀な研究者になってはいるが、あまり良い境遇にいるとはいえないと知ったこと。
たまごが彼の所属する研究所に回されたのは偶然だったが、彼女はそれを知って自ら出向くことになった。

「我々が欲しいものを手に入れるときは」

彼女は囁く。

「一に強奪二に強奪、三四跳んで五に強奪といった感じなのですけれど…私は個人的なお願いに来たのです」

微笑みと共に向けられた言葉は、やけに真っ直ぐにハインの中に届いてきた。


「私を、助けてくれませんか?」


―――ああ、また厄介なことになった。
この状況をどう言おう、と彼は自己に問う。
どう考えてもいかがわしい世界に誘われているというのに、どうも逆らう気が起きてこない自分がいる。
と、彼はそこでふと理解した。
一生懸命昔と照らし合わせて誤魔化そうとしたのは、ただ感情に溺れてしまわない様にしていただけであり、ただの自己防衛本能だったのだ。
もしかしたら、たまごに対しても、それがもたらした被害に対しても、ある程度冷静でいられたこと   それもまた、彼自身にとって大きな存在に出会ったせいで、今までのことが軽いものに見えたから、だったのかもしれない。
とどのつまりは、心奪われてしまったと言うことだろうか。
迎えに来てくれた、彼女に。

「如何でしょう?」

柔らかな微笑みに、伸ばされた白い手をとることで応える。


何になれるかは分からないけれど、
しばしは彼女の為だけに、
動いてみても良いだろう、と彼は思った。


fin.

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