NOVEL

3.


部屋を出ると、廊下の空気がひんやりと迎えた。やけに人が少ない。

サエは思いの他しっかりとした足取りで歩いてゆく。まるで建物の構造を丸々把握しているようだ、と思ったが、先の不法侵入のことを考えても何らかの下調べは済ませているのだろう。
どうもきな臭いにおいがして、ハインはなんとなく小声で話しかける。

「どこから“たまご”の情報を?」


彼女はここにあるものを取りに来た、らしい。

それは先日近くの湖から上がった人工の“たまご”である。人工というのは綺麗な卵形をした金属で出来ているからだが、その卵、中で何かが動いている気配があるという。赤ん坊くらいの大きさだが、スキャンしたりしても中身が見えず、叩いたりしても壊れないそうだ。このような奇妙なものなので、近々もっと中心の方にある研究所に移して大規模な検査をすることになっている。

「私達情報はそれなりにどこからでも入ってくるのです」
あまり親切な返事ではなかった。
「ただ、あれは私のものですし…
 扱い方も簡単とは云いかねますので、返して頂こうかと」
「君のもの、かい」
「去年出来たばかりのものです」
「…君が造ったと解釈しても?」
「はい」

軽く答えるサエだったが、ハインは絶句した。あの金属は未だにその成分がはっきりしていないのだ。
これを彼女が造り出したというのなら、それはかなり大きな影響力を持つことの筈なのに―――
彼女は何の感情も込めずに肯定を口にした。

「そろそろ時間なのです、あれは」
彼女はくるりと振り向いた。少しだけ肩をすくめる。
「水から引き上げて七日、経つでしょう。」
「七日…もう八日目だと思うが、それが何か?」
サエは目を丸くした後、小さな声で「時差を忘れていた」と言った。
「変質でもするのかい?」
「そうなんですよね」
そうするとどうなるんだい、と尋ねると彼女は答えた。

「大変なことになります」

*

“たまご”は固定されようとしていた。

検査の際に何度か刺激を与えたときはびくともしなかったが、中に何が入っているのか分からない以上、移動による負担が掛かるのは好ましくない。少人数の研究員が動く中、作ってあった型にはめようとしたひとりが小さく驚きの声を上げた。

「どうした?」
不審に思った仲間が声をかける。
「いや、あの」
声を上げたひとりが“たまご”の前から体をずらす。
「溝が」
「溝?」

他の研究員が覗き込むと、そこには薄い紫をした卵形   ではなかった。縦にへこんだ溝が三筋。その反対側、上の方には小さな凹みと、突起が二つ浮き出ていた。

「ついさっきまでこんなの」

戸惑って声を上げるうちにも、“たまご”の変形は続く。
窪みはより深く、ずるずると引き込まれて二本の棒に、
更に新しく出来た窪みがまた同じように進行し、
突起は徐々に鋭くなり、凹みの脇が溶け、ぐるりと奥へ引き込まれると、それは首になった。
首が頭を持ち上げる。
大きな紫の瞳が世界を映し、そして。

爆音。



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